高級モニターブランドとして知られる「EIZO」。2013 年に社名をナナオから EIZO に変更した同社のモニターの多くは、コンピュータグラフィックス制作/ CAD や、CT / MRI などの医用画像の表示、航空機管制といった特定用途向けの製品になる。映像を見ながら作業を行うプロフェッショナル向けの製品であり、その人々の生産性をいかに上げるか、いかに快適に仕事をしてもらうかを目的として開発が進められている。
このためモニターに求められる品質や信頼性のレベルは極めて高い。その実現のため、開発から製造、アフターサービスまでを一貫した品質管理体制は、特定用途モニターを手掛ける企業の中でも他にない。韓国や台湾のメーカー製が多くを占める一般市場向けのモニターの中にあって、「EIZO」が高級ブランドであり続けられるゆえんだ。
2D から 3D への移行で得たものと失ったもの
その EIZO の製品開発体制に大きな変化が起こったのは、ディスプレイデバイスがブラウン管 (CRT) から液晶 (LCD) に置き換わっていったタイミングである。
映像表示がアナログ制御だった CRT のころ、同社の強みは職人的な映像調整技術にあった。しかし、映像表示をデジタルで制御する LCD では、CRT 時代の強みである職人的な映像調整技術はそのまま適用することはできない。EIZO 機能ユニット開発部 造形設計課 開発マネージャーの雨宮 賢一氏は、「そこで、デジタル制御でも高レベルの映像品質を作り込んでいくための開発を進めていくことになり、自社設計の ASIC や FPGA によって映像信号を解析して、LCD パネルに合わせた高品質の映像表示を実現する技術が中核になっていった」と語る。
そして造形設計も CRT から LCD になることで大きく変化した。CRT 時代は図面を用いる 2 次元の設計手法を採用していたが、LCD モニターが製品の中核となる2003 年ごろから3D CAD を採用するようになったのだ。3D CAD 採用の目的は、3D データ活用による試作の容易化や、熱解析や構造解析といったCAE への展開による映像表示品質のレベルアップなどだ。「特に、3D データによるデザインレビューでモノを作らずに設計検証を行えることは、製品開発を効率化する上で多大な貢献があった」(雨宮氏)という。
ただし 3D CAD に移行することで、CRT 時代に行っていた構想設計が省かれるようにもなった。同社機能ユニット開発部 造形設計課 グループリーダーの川上 浩氏は「かつては、図面を使って開発の方向性について情報共有する形で構想設計を行っていた。しかし 3D CAD になってから、構想設計は開発責任者の頭の中で行うものとなり、その頭の中の構想に関する情報共有は行われなくなった」と述べる。
そして、3D モデリングされた構成部品を最終製品に組み上げていくと、開発責任者の考える構想を反映し切れないという事態も散見されるようになった。「各構成部品ができ上がってしまうと、そこからの設計変更は難しい。最終製品と構想のずれはある程度許容されていた」(川上氏)。
ボトムアップ設計からトップダウン設計へ
この開発プロセスを見直す機運が盛り上がったのが 2009 年ごろのこと。「当時、韓国/台湾メーカーが発売した LCD モニターが、薄くて軽いなどデザイン面で目をひくものになっていた。それらと比べて、当社の製品は、顧客から『分厚くて重厚感がある』という感想がほとんどだったことも見直しのきっかけになっている」(雨宮氏)という。
開発プロセスを見直す際に EIZO が検討したのが、PTC が提唱する「トップダウン設計」※だ。雨宮氏は「当社はそれまでボトムアップ設計※だったわけで、トップダウン設計は真逆の方向性になる。そこで組織体制や職務分担の変更を行い、トップダウン設計を効率よく進められるツールの導入を進めた」と説明する。
新しい開発プロセスの最大の特徴は、CRT 時代に行っていた構想設計の再導入である。もちろん、単に構想設計を導入するだけでなく、構想設計に後工程で行う作業をフロントローディングすることで、後工程を大幅に短縮することを狙いとしている。雨宮氏は「構想設計以降のプロセスは従来比で半減が目標。構想設計が新たに加わるものの、後工程半減の効果によって、開発プロセス全体としては従来比で 25% 圧縮したいと考えている」と意気込む。
※トップダウン設計とボトムアップ設計
トップダウン設計は、製品全体のレイアウトを先に決めて各部品を順次設計していく設計手法。一方、ボトムアップ設計は、各部品を別々に設計してから組み付けて完成品を作っていく設計手法である。
構想設計の中で「手戻りをどんどんやろう」
EIZO の構想設計におけるフロントローディングを実現しているのが、日立ソリューションズより調達した PTC の3D CAD「Creo」と、その 3D 設計オプション「Advanced Assembly Extension」だ。トップダウン設計をサポートするスケルトンモデル機能により、アセンブリのフレームワークを計画できるので、構造全体を捉えながら個々の構成部品を設計できることなどを特徴としている。EIZO 機能ユニット開発部 造形設計課 シニアエンジニアの小島 研太郎氏は「スケルトンモデル機能では、簡単にモデルを作ったり、そのモデルに CAE を適用したりできる。この機能のおかげで、構想設計の中であれば『手戻りをどんどんやろう』というくらいの意気込みでいろんなことを試せるようになり、意匠性やコスト面の性能が向上できた」と話す。
小島氏は EIZO の構想設計をさらに進化させるべく、テキストベースの設計書の導入を進めている。「設計書の中に開発する製品の構想や品質目標などを明示しておき、開発者全員で情報共有できるようにしているところだ」(同氏)。
トップダウン設計に基づく新しい開発プロセスの本格運用が始まったのは 2014 年から。開発した製品の市場投入も 2014 年末から順次進められている。2015 年 9 月に発売した世界初のフルフラット・フレームレス LCD モニター「FlexScan EV2750」 も新しい開発プロセスによる製品だ。かつて重厚感があると言われた EIZO ディスプレイだが、今や流麗と言っても過言ではないだろう。
雨宮氏は「当社の社長は『パラダイムを変える』ことを経営方針に掲げているが、新しい開発プロセスによって、まさに『パラダイムを変える』製品を市場投入できたと実感している。販売面でも好調であり、ユーザーから定評のある映像表示だけでなくデザイン面で高い評価も得られるようになった」と手応えを感じている。
EIZO株式会社について
1968 年に株式会社ナナオ(現 EIZO株式会社)の前身である羽咋電機株式会社を設立。電子機器の開発、生産、販売やテレビゲーム機(テーブル型)の開発などを経て 1985 年にコンピュータ用 CRT モニター、1997 年にはコンピュータ用液晶モニターを開発、生産し販売を開始、以降その高い品質と信頼性を保ち続けている。石川県白山市を本社拠点とし、現在コンピュータ用モニターをはじめとする映像表示システムを国内外で開発、生産、販売をしている。2013 年に EIZO株式会社に商号変更。
Webサイト:https://www.eizo.co.jp