JRC は大阪市内の小さな町工場であった浜口商店を起源とする製造企業である。同社は 1961 年の創業当時からコンベヤ部品一筋であり、国内におけるベルトコンベヤのシェアの約半分を占める(同社調べ)。同社では約 10 年前からと業界としてはいち早く自動生産に取り組んできており、現在は製造業 DX(デジタルトランスメーション)にも意欲的に取り組む。

現在、JRC における製造業 DX を推進するリーダーが、同社 CDO でデジタル AI 推進部を率いる佐藤賢一氏である。かつての佐藤氏は大手電機メーカーに在籍し、生産技術や管理に長く携わっていたが、2019 年に JRC の浜口稔社長から「JRC のスマートファクトリー構築に取り組んでほしい」と直接オファーを受けたという。

「当時の面談では、JRC がスマートファクトリーの新事業を立ち上げることで、地元の大阪にある数多くの中小企業の活性に貢献したいと考えていると聞き、共感して入社を決めた」(佐藤氏)。

佐藤氏が入社してきた 2019 年当時は、JRC の中でスマートファクトリー化についてようやく検討が始まったばかりで、具体的なアクションはまだこれからといった段階であった。佐藤氏はそのドライブ役として JRC にやってきた。

いよいよ迫る 2025 年の崖に立ち向かう

JRC がこれまでかかわってきた建築土木業向け大型コンベヤの市場自体は常に安定しているという。国内の建設土木、プラントのプロジェクトが激減するという事態でも起こらないかぎり、需要がなくなることがないからである。逆にいえば、需要が現状よりも大幅に増えていくこともないと考えられる。また JRC は今、上場に向けても動いており、今後より成長し続けていくためメーカーとして QCD を高めながらも新たなビジネスの創出までしていける体制を作る必要があった。

さらに、JRC が重大視していたのが、経済産業省(経産省)が 2018 年 9 月に発表した DX レポートの中で提起した「2025 年の崖」問題である。これは、国内企業が長年の使用で複雑化・老朽化した IT システムを今後も利用し続け、システムのブラックボックス化が依然解消されずに業務情報のデジタル化が進捗しない状況が続けば、2025 年頃には深刻な経済損失 が生じる可能性を指摘したものである。未対処の企業は、業務コストを下げる策を講じることができなくなる上、人手不足や品質低下も招き、その結果として売上の大幅減少や企業としての信頼性低下などに陥る恐れがある。その問題提起を受け、JRC も「2025 年までにシステム刷新を集中的に推進する必要がある」としその対策方針を固めることになった。

佐藤氏が転職した当時は、経営企画室直下。最初から DX 関連の部署があったわけではなかった。社長の命を直接受けた佐藤氏が、JRC におけるスマートファクトリー化の計画を製造 IoT を軸に練りはじめた。「製造だけで閉じたデジタル化ではなく、設計や原価管理などまで含めたデジタル業務プロセス全体の最適化が必要だとも考えた」(佐藤氏)。

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JRC も長期にわたり使い続けてきた内製基幹システムがあり、まずはその刷新も課題となった。さらに従来の自動生産システムも稼働率向上や生産性向上といった課題が浮き彫りになっていた。自動化されたラインとはいえ、「止まらない」ことが保証された連続稼働できる仕組みにはなっていなかったのである。

2023 年度までに JRC が目指すスマートファクトリーの姿について、佐藤氏は以下の 3 ステップを考えた。

ステップ 1: RPA や IoT を用いた業務の見える化:デジタルツイン構築に向けた見える化の推進

ステップ 2: IoT と AI による業務プロセス自動化:生産性改善、品質管理・在庫管理・原価管理の高度化による損益貢献

ステップ 3: サプライチェーン・デジタルツインによる全体最適化:販売・需給まで含めた全体最適の実現と顧客サービス提供

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まずは淡路島にある本社工場内生産ラインの稼働状況の可視化および生産性改善から始めて「止まらない工場」を目指す。さらに導入拠点を拡大しながら業務の自動化、全体最適とステップを上っていく形であった。「スマートファクトリーにより、顧客の受注情報からデリバリーまで、人を介さず一気通貫でつなげることを目指している」(佐藤氏)。

2022 年中にはステップ 2 までを目指し、2023 年中にはステップ 3 で全体最適化されたスマートファクトリーが実現させる。さらに平行してその取り組みの中から培った知見やサービスを外部企業へ販売していくことも視野に入れる。

JRC はスマートファクトリー化の目的について、自社内業務の改善・改革にとどまらず、スマートファクトリーの新サービス提供という同社にとっての新事業を開拓することを目指した。またこのビジョン実現には、IoT プラットフォームが不可欠であった。

現場の皆に使ってもらえなければ意味がない

従来、JRC の工場の設備はネットワークでつながっていない、スタンドアローンの状態であった。データ収集については、設備のポートにメモリを差してデータを抽出し、事務所の PC で取り込んで、Excel で集計したりグラフに加工したりして分析資料を作成していたという。また設計は主に 2D CAD で行われ、PLM の導入もない。

JRC における設計や生産については、コンピュータやソフトウェアによる業務が一部導入され、デジタルなデータが断片的に運用されていたものの、それぞれがリンクしているわけではなかった。データ管理はマニュアル作業中心で行われ、実質アナログであったといえる。

JRC が最初に取り組んだのが、生産ラインやフォークリフトの稼動状況のリアルタイム可視化である。そのためにはまず、これまでのようにいちいちメモリを使ってデータを集めるのではなく、設備から直接データを吸い上げてリアルタイムに収集できなければならない。いわゆる、製造 IoT である。

佐藤氏は当初、「設備のコントローラーから直接データ取得をできるようにすればよい」と考えたものの、これが簡単にはいかなかった。設備メーカーが機械の内部システムについてなかなか開示してくれなかったからである。ここはもう「してくれないものだ」と諦めて、外付けのセンサーを付けてデータを送る方法に考えを切り替えたという。

さらに佐藤氏が目を付けたのが PTC の IoT プラットフォーム「ThingWorx」であった。佐藤氏の検討するスマートファクトリーのための可視化、自動化、全体最適という 3 ステップを踏んでいくための仕組みが ThingWorx にはあらかじめ備わっていた。しかも変化に強い柔軟性と拡張性を備えるアーキテクチャーになっていた。

ネットワークにつなげるシステムということで、情報漏えいなどセキュリティ面も心配になるが、そこは ThingWorx が製造業で数多くの導入実績があるということで安心感もあったという。

ThingWorx が数ある IoT プラットフォームの中で特に優れていたところは、「初めて使う技術者が、特別なプログラミングを覚えることなく、比較的簡単に使いこなせるようになる、直感的で簡便な使い勝手の面であった」と佐藤氏は言う。ThingWorx は、ドラッグ&ドロップの操作で、簡単に IoT システムを組み上げたり必要な機能を追加したりができ、現場の担当自身が活用しやすい可視化画面をカスタムしたりすることが可能なのである。IoT プラットフォーム導入の第一の目的は、生産現場での効率化や価値向上のためである。複雑難解で使いづらいせいで、現場の皆に使ってもらえなければ本末転倒である。

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佐藤氏の考えるスマートファクトリー構築によくマッチした ThingWorx であるが、その導入について社内の人たちを納得させるのが難しかったという。スマートファクトリーの推進が始まったばかりの社内は、佐藤氏の動きに賛同してくれる人ばかりではなかった。これまでの業務のやり方を大きく変えなければならないため、それに対するネガティブな声もあったという。

「初期投資費用がそれなりにかかり、導入事前から具体的な成果がピンときづらい、IoT プラットフォームの導入に対して、反発の声が多かった」と佐藤氏は語る。「もっと安くて手軽なツールがあるだろう」⸺ そういった声が社内からあがってくるというのである。

佐藤氏は、そのような否定的な声に対して、「安価なシステムは専用品だからであって、実際に使えば機能が不足することは目に見えている。ThingWorx はわれわれに必要な IoT の機能を最初から備えている」という説明を地道に繰り返していった。初期投資を渋り、安価な専用システムを入れたとしても、自分たちがやりたいことをやろうとすれば、結局、長い目で見れば、カスタムのコストや管理工数が余計にかかってしまうことになる。それに 2025 年はどんどん間近に迫ってきており、とにかく時間がない。遠回りをしている暇はないのである。後は現場の理解を得るために、できるだけ足しげく工場の現場に通い続けながら、この先のステップと成果のイメージをはっきりと描いてもらいやすくするようコミュニケーションを工夫しているということである。

そのような中、やはり大きな力となっているのは、佐藤氏の思いと戦略を理解し、ThingWorx 導入を即決断してくれた浜口社長だった。トップがすぐに決めてくれたら、すぐに動ける。「JRC のような規模の企業は、スピード感あるトップの意思決定がアドバンテージになる」(佐藤氏)。浜口社長自身が今も軸をぶらすことなく、社内の管理者たちに対して説明をし続けながら、力強く推進をバックアップしてくれているという。「全工場のデータがつながるのであれば、投資は惜しくないと考えてくれた」(佐藤氏)。

現在は、淡路島の本社工場で ThingWorx を導入し、生産設備の稼動状況や生産状況、品質管理のデータのリアルタイムな取得と可視化が行えるようになったという。「これまでのようなデータ取得や集計の手間がなくなったこと自体、今回の導入の大きな成果の 1 つであると考える」(佐藤氏)。生産性がない上、手間がかかって神経も使う間接的作業から解放されることで、データの入力ミスなどがなくなり、思考することに時間が割けるようになるといった効果を狙う。「ThingWorx を使って、仕事のやり方をこれまでと大きく変えていってもらうことを目指す。今後は、現場の教育が重要になる」(佐藤氏)。

また、2022 年度中にそれを JRC 全拠点に導入していく計画である。「ThingWorx で IoT システムの基本型を作って実績を作ったため、今後はあまりお金をかけずに機能を拡張していけるようになった。今は、PLC にデータさえ入れたら、ネットワークをつなげるだけでデータが取れる」(佐藤氏)。

現在、ThingWorx で、基幹システムのデータと連携させた計画と実績の可視化画面を作成し、活用していけるように進めている最中であるということである。今後は、リアルタイムに在庫や原価を把握できるシステムとしても発展させていく計画だ。「他に、IoT プラットフォームならではの生産管理系の機能を追加していきたい」(佐藤氏)。

最終的には社内の全業務最適化を目指す過程で、まずは生産性改善と在庫管理、原価管理の最適化に取り組み、その次の課題として設計業務の最適化にも取り組む計画となっている。そこについては今から 3D 設計や PLM の導入について検討を進めている段階であり、それを見据えた標準化に取り組んでいる最中であるという。

ThingWorx の立ち上げで得られた財産

最初、IoT 推進担当が佐藤氏一人だったが、現在はデジタル AI 推進部という部署になり、6 人のチームとなった。メンバーは情報システムもしくは生産技術のエンジニアである。また、今は製造部門の直下となり、生産に特化して取り組みを進めることで、短期的な成果刈り取りを行うようにしているという。

佐藤氏を含む皆、もともと IoT のスペシャリストではなかった。「JRC は大企業ではないため人材もそれほど潤沢ではないため、限られた人員で進める必要があった。外部企業の力も借りて進めている」(佐藤氏)。その中の 1 社 が、ThingWorx を提供する PTC ジャパンであった。PTC は、「ソフトを売って、それで終わり」ではない。

 

サクセスマネージャーと呼ばれる専任の担当者がアサインされ、社内の課題やシステム提案を佐藤氏と共に推進していく役割を永続的に担っていくのである。さらに PTC のエンジニアも適宜必要なスペシャリストが参画し、ただ開発支援するだけでなく、JRC のメンバーへの技術教育(スキルトランスファー)も行いながら体制を支援し、一緒にチームとなって、IoT プラットフォームを作り上げた。

「PTC のエンジニアに頼りすぎず、我々自身も成長し、スピード感を持って取り組まなければならないと考えている」(佐藤氏)。今回の導入で PTC のエンジニアからサポートを受けながら、今後の自社を支える財産となる IoT へのナレッジを積み上げることができたことも良かった点であると佐藤氏は述べる。

この 1、2 年の ThingWorx での IoT の取り組みを経て、佐藤氏はこのように述べる。「他社の製造 IoT の取り組みは、いまだにやっと実証実験(PoC)であったり、費用対効果も満足がいくものではなかったりといった話をよく聞く。当社については、製造 IoT の本質を語れる壇上に登れた。ThingWorx を使えば、真の製造 IoT、スマートファクトリーに向かっていけると確信している」

真の製造 IoT によって、今後も成長し続けられる柔軟で強い企業が作り上げられることは間違いない。JRC は、そのを一歩一歩、力強く進んでいる。