ジェフ・ゼムスキーは Windchill デジタルスレッド担当副社長です。彼のチームは、ナビゲーション、ビジュアリゼーション、Windchill UI、デジタル製品トレーサビリティを統轄しています。PTC に入社する前は、産業、ハイテク、消費者製品の企業で PLM、CAD、CAE の導入と活用を 16 年間担当し、2002 年には Windchill PDMLink の最初の導入を主導しました。また、PTC/USER コミュニティでも積極的に活動し、Windchill Solutions 委員会の委員長や PTC/USER の理事会メンバーとして、お客様の意見をまとめ、ツールやプロセスについて人々が連携できるコミュニティの形成に貢献しました。レンセラー工科大学およびリーハイ大学で学びました。
製造業のデジタルトランスフォーメーション (DX) を推進する上で、必ず議論に挙がるのが 「PLM」「ERP」「MES」 という3つの基幹システムです。
これらは製造プロセスにおいて不可欠な役割を担いますが、検討段階において「ERPと MES の機能的な違いは何か?」「PLM と ERP はどこで連携すべきか」といった疑問や混同が生じるケースは少なくありません。特に生産管理や在庫管理の領域では ERP と MES の境界線が曖昧になりやすく、システム選定の課題となることがあります。
結論から言えば、これらは「どれかを選ぶ」ものではなく、「3つを正しく連携させる」ことで初めて真価を発揮します。
本記事では、製造業の競争力を支えるこれら3つのシステムの定義と決定的な違い、そして BOM(部品表)などのデータ連携によって得られる具体的なメリットについて解説します。記事の後半では、PLM を中心としたシステム統合の成功事例もご紹介していますので、ぜひ自社の IT 戦略にお役立てください。
PTCのPLMに関する詳細はこちら
PLM、ERP、MES の役割と定義
製造業の業務プロセス全体を最適化するためには、まず各システムが「何を管理し、どの業務を担うのか」を正しく理解する必要があります。ここでは代表的な3つのシステムについて解説します。
PLM とは(製品ライフサイクル管理)
PLM (Product Lifecycle Management) は、製品の企画・構想から設計、製造、出荷後のメンテナンス、そして廃棄に至るまで、製品のライフサイクル全体を一元管理するシステムです。
主に設計・開発部門で利用され、CAD データ、図面、仕様書、BOM(部品表)などの「技術情報(製品データ)」を集約します。PLM の導入により、部門間でのデータ共有が促進され、開発期間の短縮や設計変更に伴う手戻りの削減、イノベーションの加速を実現します。
ERP とは(統合基幹業務システム)
ERP (Enterprise Resource Planning) は、企業の持つ資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を統合的に管理し、経営の効率化を図るシステムです。
会計、人事、販売、購買、在庫管理などの業務アプリケーションが統合されており、主に経営層や管理部門、購買部門で使用されます。製造業においては、受注管理や生産計画の立案、コスト管理など「ビジネスプロセス(経営資源)」の最適化を担いますが、これ単体では設計の詳細や製造現場のリアルタイムな動きまではカバーしきれない側面があります。
MES とは(製造実行システム)
MES (Manufacturing Execution System) は、製造現場における製造工程の把握・管理、作業者への指示、支援を行うシステムです。
ERP が立てた生産計画 (Planning) に基づき、工場内の設備や作業者に対して「いつ、何を、どれだけ作るか」という指示を出し、その実績 (Execution) を収集します。製造現場(ショップフロア)の「実行と制御」に特化しており、生産進捗の見える化、品質管理、トレーサビリティの確保において重要な役割を果たします。
3つのシステムの違い・比較表
これら3つのシステムは、それぞれ管理する対象や時間軸が異なります。
ERP と MES の違いや PLM と ERP の関係性を整理すると、以下の表のようになります。
| 項目 | PLM (Product Lifecycle Management) | ERP (Enterprise Resource Planning) | MES (Manufacturing Execution System) |
| 日本語訳 | 製品ライフサイクル管理 | 統合基幹業務システム | 製造実行システム |
| 主な役割 | 製品開発・技術情報の管理 | 経営資源・業務計画の管理 | 製造現場の実行・工程管理 |
| 管理対象 | 製品データ (CAD/BOM) 設計プロセス |
金、人、在庫、受発注 ビジネスプロセス |
設備、作業、品質データ 製造プロセス |
| 主なユーザー | 設計・エンジニアリング部門 | 経営層、経理、購買、営業 | 製造現場管理者、作業員 |
| 時間軸・焦点 | イノベーション (製品の過去・現在・未来) |
プランニング(計画) (リソースの最適配分) |
エグゼキューション(実行) (リアルタイムな現場稼働) |
このように、PLM は「製品(モノ)の仕様」を決め、ERP は「ビジネス(カネ・量)の計画」を立て、MES は「現場(コト)の実行」を担います。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の成功には、これらのシステムが個別に稼働するのではなく、シームレスにデータ連携していることが重要です。
各システムの違いと関係性
これら3つのシステムは、それぞれ異なる目的で導入されますが、業務プロセス上では密接に関わり合っています。
しかし、近年システムが高機能化するにつれて、「ERP にも簡易的な生産管理機能がある」「MES で品質データを管理できるが PLM にも入れたい」といった機能の重複が見られ、それぞれの境界線(守備範囲)をどこに引くかが課題となることがあります。
各システムの「違い」と「連携のポイント」を整理して見ていきましょう。
PLM と ERP の違いと境界線
PLM と ERP は、製造業における「車の両輪」とも言える関係ですが、その焦点は「製品(モノ)」か「経営資源(カネ・ヒト)」かという点で大きく異なります。
- PLM(製品のイノベーション):
- ERP(ビジネスのオペレーション):
「どのような製品を作るか」という技術的な定義を管理します。設計変更の履歴、CADデータ、技術的なBOM(部品表)を扱い、製品の価値を高めることに注力します。
「製品をいくつ作り、いくらで売るか」という取引とリソースを管理します。在庫数、発注情報、コスト情報を扱い、業務効率と利益を最大化することに注力します。
従来は、PLM で作ったデータを ERP へ一方的に渡す関係が一般的でしたが、現在は双方向の連携が進んでいます。PLM を「製品データ管理基盤」、ERP を「ビジネス運営基盤」として定義し、互いに連携させることがトレンドとなっています。
PLM と MES の違いと境界線
PLM と MES の関係は、「バーチャル(設計)」と「リアル(製造現場)」の違いと言えます。
- PLM(計画・指示):
- MES(実行・記録):
設計部門で作成された図面や作業手順書 (BOP)、製造 BOM (mBOM) などの「製造するための情報」を MES へ渡します
PLM から受け取った情報を元に、実際の工場で「いつ、誰が、どの設備で」製造したかを記録します。
PLM と MES の連携において重要なのは、設計変更 (PLM) を即座に現場 (MES) へ反映させることです。ここが分断されていると、現場が古い図面で製造してしまい、大量の手戻りや廃棄ロスが発生する原因となります。
ERP と MES の違いと連携
最も混同されやすく、かつ連携効果が高いのが ERP と MES の領域です。多くの企業で「ERP の生産管理モジュールで十分ではないか?」という議論がなされますが、両者には「管理する時間軸(粒度)」に決定的な違いがあります。
- ERP(トップフロア / 計画層):
- MES(ショップフロア / 実行層):
「月次・週次」単位での生産計画や在庫管理を得意とします。経営層に近いシステムであり、工場ごとの詳細な稼働状況までは管理しません。
「分・秒」単位での工程管理や設備監視を得意とします。今の瞬間にラインが止まっていないか、不良品が出ていないかといったリアルタイムな情報を扱います。
ERP だけでは「現場で今何が起きているか」が見えず、MES だけでは「来月の部材調達計画」は立てられません。
ERP が「製造指示 (Order)」を出し、MES が「製造実績 (Result)」を返す。このループを自動化することで、経営層は現場のリアルな数字に基づいた精度の高い意思決定(原価管理や納期回答)が可能になります。
PLM、ERP、MES をデータでつなぐ重要性 (BOM 連携)
PLM、ERP、MESを単に導入するだけでは、製造 DX は完成しません。これらを「つなぐ」ための共通言語となるのが、BOM(部品表)です。
従来、多くの企業ではシステム間でデータが分断されており、設計変更があるたびにExcel でデータを加工して ERP に入力し直すといった「手作業」が発生していました。これを自動化し、正確なデータを流すための鍵となるのが、「eBOM(設計 BOM)」から「mBOM(製造 BOM)」への連携です。
データのバトンタッチ:eBOM から mBOM へ
製品データは、工程が進むにつれて形を変えていきます。3つのシステムは以下のようなフローでデータを連携させます。
- 【PLM】設計と eBOM の作成
- 【PLM/ERP】mBOM への変換
- 【ERP】調達とコスト計算
- 【MES】製造指示と実行
設計部門は、機能的な視点で製品を構成した eBOM(Engineering BOM:設計部品表)を作成します。これが「正(マスター)」となるデータ源です。
製造部門は eBOM を元に、「どの順序で組み立てるか」「どのラインで作るか」という製造・調達の視点を加えた mBOM(Manufacturing BOM:製造部品表)を作成します。
※近年は、設計変更を確実に反映させるため、PLM内でeBOMとmBOMを一元管理し、整合性を保つ手法が主流となっています。
完成した mBOM データは ERP へ連携されます。ERP はこのデータを元に、正確な資材所要量計画 (MRP) を回し、部材の発注や原価計算を行います。
さらにデータは MES へと連携されます。MES は mBOM と図面情報に基づき、現場の作業員や設備に対して「正しい部品、正しい手順」での製造指示を出します。
「つながる」ことで実現する世界
このように、PLM で生まれたデータが ERP と MES へシームレスに流れることで、以下のようなメリットが生まれます。
- 設計変更の即時反映:設計側で部品が変わった際、瞬時に製造現場 (MES) や調達部門 (ERP) へ変更情報が伝わり、旧部品の誤発注や製造ミスを防げます。
- トレーサビリティの確保:「いつ、どのロットの部品を使って製造したか」をデジタルデータとして追跡できるようになり、品質管理レベルが向上します。
システム統合は複雑な課題ですが、ビジネス戦略としてこの「データのパイプライン」を構築することが、製造業の競争力を維持・向上させるための必須条件となります。
なお、PTC の「Windchill」なら、ERP や MES と標準機能でシームレスに連携可能です。ご興味のある方は、こちらもぜひご覧ください。
PTC のエンタープライズシステム統合ソリューションの詳細はこちら
3つのシステムを統合するメリット
PLM、ERP、MES の統合は、単なる IT システムの導入ではありません。製造プロセスそのものをデジタル化し、企業の変革 (DX) を加速させるための投資です。 これらがシームレスに連携することで、以下の4つの側面で大きな成果が期待できます。
業務プロセスの自動化とスピード向上
最も直接的なメリットは、人手によるデータ入力や転記作業の撤廃です。
従来、設計 (PLM) から製造 (MES/ERP) へのデータ受け渡しは、Excel や紙を介して行われることが多く、ここに多くの工数とタイムラグが発生していました。システム統合によってこのフローが自動化されれば、部門間の摩擦が解消されます。結果として、製品の市場投入期間 (Time to Market) が短縮され、業務コストの大幅な削減と競争力の向上を同時に実現できます。
手戻りの排除と品質の担保
製造業における最大の損失の一つは「手戻り」です。システムが分断されていると、「現場が古い図面のまま製造してしまった」「設計変更が購買に伝わっておらず旧部品を発注してしまった」といったミスが起こり得ます。
統合された環境では、常に「正(最新)」のデータが全システムに同期されます。設計から製造まで一貫したデータが流れる(デジタルスレッド)ことで、人為的ミスによる手戻りを根本から排除し、製品品質の安定化と廃棄ロスの削減につなげることができます。
データドリブンな意思決定
統合されたシステムは、経営層に「工場の今」を伝えます。
ERP の経営データと MES の現場データが連携することで、経営層は「どのラインで進捗が遅れているか」「原価変動が利益にどう影響するか」をリアルタイムに把握できるようになります。
経験や勘に頼るのではなく、正確なデータに基づいた迅速な意思決定(データドリブン経営)が可能になり、急激な市場変動やサプライチェーンのリスクにも即座に対応できるようになります。
セキュリティと知的財産 (IP) の保護
製品の設計データや製造ノウハウは、企業の極めて重要な知的財産 (IP) です。
メールやファイルサーバーでのデータ受け渡しは情報漏洩のリスクが高いですが、PLMを中心とした統合システムであれば、アクセス権限を一元管理できます。「誰が・いつ・どのデータにアクセスしたか」を厳密に制御・追跡できるため、サイバー攻撃や内部不正のリスクを低減し、グローバルな協業体制においても安全なデータ共有を実現します。
システム連携の成功事例:Vestas 社ほか
実際に PLM、ERP、MES を連携させ、大きな成果を上げた企業の事例をご紹介します。
世界最大級の風力発電機メーカー Vestas 社の事例
風力タービンの設計・製造・保守を行う Vestas 社(デンマーク)では、製品の複雑化とバリエーション増加に伴い、工場と設計部門の間でデータの整合性が取れなくなるという課題を抱えていました。
そこで同社は、PTC の PLM「Windchill」を中核に据え、ERP や MES と連携させるデジタル変革を行いました。
【システム連携による主な成果】
- 「単一の BOM」を実現:
- 構成管理の適正化:
- エンドツーエンドのトレーサビリティ:
設計 (eBOM) と製造 (mBOM) を統合管理することで、工場側が常に最新の設計データにアクセス可能になり、製造ミスを劇的に削減。
顧客ごとのカスタマイズ仕様を PLM で管理し、それを ERP/MES へ自動連携することで、受注から製造までのリードタイムを短縮。
設計からメンテナンスまで一貫したデータ追跡が可能になり、サービス品質が向上。
Vestas 社のデジタル部品ライフサイクル部門責任者、Simon Storbjerg 氏へのインタビュー動画では、具体的な連携の手法が語られています。詳細を知りたい方は以下よりご覧ください。
(※動画画面右下の字幕アイコンをクリックし、「ja」を選択すると日本語字幕を表示できます)
[H3] 国内製造業における改善実績
日本国内においても、PLM を中心としたシステム統合により、QCD(品質・コスト・納期)を劇的に改善した事例が増えています。
- 日本電産 (Nidec Corporation):
グローバルでの開発体制を PLM で統一。設計データの検索時間短縮と再利用の促進により、市場投入までの期間を48%短縮することに成功しました。 - UD Trucks 社:
3D CAD と PLM を連携させ、開発初期段階から生産要件を織り込むことで、設計手戻りを削減し開発効率を向上させました。 - オムロン ヘルスケア:
PLM 導入により設計現場の意識改革を実現。グローバル拠点間でのスムーズなデータ連携基盤を構築しています。
PLM・ERP・MES に関するよくある質問
Q: ERP に生産管理機能が含まれていますが、それでも MES は必要ですか?
A: はい、多くの製造現場で必要とされています。
ERP の生産管理機能は主に「月次・週次の計画」や「原価管理」を目的としており、現場のリアルタイムな稼働状況(設備の停止理由や秒単位の作業実績など)までは管理できないケースが大半です。現場の見える化やトレーサビリティを強化したい場合は、ERP と MES を連携させるのが理想的です。
Q: 「生産管理システム」と「MES」の違いは何ですか?
A: 範囲と粒度が異なります。
広義の「生産管理システム」は生産計画から購買、出荷までを含み、ERP の一部として機能することがあります。一方「MES(製造実行システム)」は、その中でも「製造現場の実行 (Execution)」に特化しています。「計画を作るシステム」か「現場に指示し記録するシステム」かという違いがあります。
Q: PLM、ERP、MES、導入する優先順位はありますか?
A: 企業の課題によりますが、製品データの一貫性を重視するならば「PLM」の整備が重要です。
「源流」である設計データ (BOM) が整理されていない状態で ERP や MES を導入しても、現場で混乱が生じたり、マスタデータの二重管理が発生したりするためです。まず PLM で正しいデータ基盤を作り、そこから ERP や MES へつなぐアプローチが成功の近道です。
Q: 中小企業でも PLM や MES の導入効果はありますか?
A: はい、規模を問わず効果があります。
特に昨今は SaaS(クラウド)型の導入が進んでおり、初期コストを抑えてスモールスタートが可能になっています。属人化しやすい設計ノウハウの継承や、少人数での効率的な生産体制を構築するために、中小企業こそシステム連携による効率化が有効です。
まとめ:製造業 DX は PLM を中心とした統合から
本記事では、ERP と MES の違いや、3つのシステムが連携する重要性について解説してきました。
- PLM:「どんな製品を作るか」を定義する(イノベーション)
- ERP:「リソースをどう配分するか」を計画する(ビジネス)
- MES:「どう実行するか」を管理する(現場)
これらは個別のシステムではなく、企業の競争力を支える一連のプラットフォームです。
DX 推進において重要なのは、これらをつなぐ共通言語である「BOM(部品表)」の整合性を保つことです。PLM を中心として正確な技術情報を ERP や MES へ流すことができれば、手戻りやロスのない、強靭なデジタルサプライチェーンを構築できるでしょう。
まずは、貴社の現在の BOM 管理プロセスやシステム連携の状況を見直すことから始めてみてはいかがでしょうか。
【無料 eBook】部品表 (BOM) 管理導入ガイド
多くの企業が、成熟度の低い BOM 管理プロセスが原因で、市場投入期間の遅れや過剰コストに悩んでいます。
本ガイド(Tech-Clarity 社執筆)では、BOM 管理業務の成熟度を向上させ、デジタルスレッドの基盤となる適切なシステムを評価・選定するためのポイントを解説しています。
- BOM 管理ソリューション検討時に重視すべき「機能」と「ベンダー要件」
- デジタル部品表の導入による「業務成熟度」の向上ステップ
- 将来のデジタル時代に備えておくべき視点
デジタル部品表 (BOM) 導入ガイドブック
デジタル BOM や BOM 管理システムの選定ポイントをわかりやすく解説しています。
詳細はこちら
専門家に直接相談する
「自社のシステム環境で BOM 連携は可能なのか?」「導入にかかる費用や期間はどのくらいか?」といった具体的なご相談に、PTC の専門スタッフがお応えします。お客様の現状と課題を丁寧にヒアリングし、PLM 導入を成功させるための最適なプランをご提案します。
お問い合わせ
詳細はこちら
システム連携のためのガイドをダウンロード
強固な基盤を構築し、PLM、ERP、MES環境の統合と構成を行うための手順を示すロードマップをご確認ください。
ガイドはこちら