進化するテクニカルドキュメント

執筆者: 山田 篤伸
  • 9/7/2020
  • 読み込み時間 : 8min
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外資系ソフトウェアベンダー業界というのは少々興味深いところで、1970 年代から 1980 年代にかけて多感な時期を過ごした層にはかなりの確率で「ガノタ」がいます。ガノタ。言わずと知れた、熱狂的なガンダムファンですね。筆者自身は「人型に変形する戦闘機に乗って文化をその手に取り戻す系」が好きで、ガンダムにはそれほど強い思い入れはありませんでした。されどガノタの多さには抗えず、仕事の会話を切り上げるときにはガンダムの名台詞を残して去る、という文化にどっぷり染まっておりました。若い人にはちょっと何を言っているのかわからないと思います。

10 年近く前、筆者が前職を辞して会社を去るときのことでした。とてもお世話になった同僚たちが贈ってくれた餞別がガンダムのプラモデル(通称: ガンプラ)でした。各部のパーツには白を余すことなくぎっしりとメッセージが。立派な盾には「あなたらなできるわ」。脚部には「これはいいものだ」。そして腕には「偉い人にはわからんのです」。ありがたいです。

ガンプラなぞ幼少のみぎりより作ったことはないのですが、「これもまた経験」と、後日制作に取り掛かりました。そこで問題が。組み立て説明書が細かすぎるのです。紙にぎっしりと図と文字で書き込まれた手順がずらり。いえ、組み立て説明書は多分に親切に書かれていたのです。しかし、当時すでに老眼が始まっていた筆者には、裸眼で追うのが少々厳しいものでありました。

閑話休題。

手のひらサイズのガンプラから巨大な宇宙船まで、モノを作るには大抵「組み立て手順書」が必要になりますね。一人で規格から設計・生産の全てをやり遂げるなら話は別ですが、誰かが設計した部品を他の誰かが製造し、さらに別の誰かが組み立てる。そうした分業生産は、組み立て手順書なくして成り立ちません。そして、アフターサービスでは製品の機能を維持するための「分解取り付け手順書」や「調整手順書」など、いわゆる「サービスマニュアル」が必要になります。こうした、モノの製造やメンテナンスの手順を記した文書を「テクニカルドキュメント」と呼びます。ガンプラの組み立て説明書は、日本に生まれ育った男子が最初に目にするテクニカルドキュメントかもしれませんね。

テクニカルドキュメントは大別すると二つの要素によって成り立っています。画像と文書ですね。ふた昔くらい前までは、テクニカルドキュメントの作成手順は、描画ソフトで作成した図形をワープロソフトや組版 (DTP) ソフトに取り込み、表や文章を付け加えるといった手法が主流でした。この方法は直感的で文書の作成方法としては一般的でしたが、メーカーが生産するモノの品種やバリエーションが増えたり、商品寿命が短くなって製品ライフサイクルが圧縮されたりするにつれ、従来のこの手法は下記のような問題を抱えていくことになります。

  • 製品の設計変更が頻繁になるにつれ、テクニカルドキュメントの改訂作業が増え、ついには製品アップデートに執筆作業が追いつかなくなってしまう
  • 仕向地やオプション仕様の増加により、執筆量が莫大に増え、執筆工数や翻訳のコストを押し上げてしまう
  • 増えすぎた文書量が結局は「読み手」の負担を増し、作業時間の増大や作業ミスを招いてしまう

こうした諸々の問題を解決すべく発明され広く採用されたのが「原稿のモジュール化」手法です。製品設計の現場では「部品のモジュール化」はあたりまえの取り組みとして定着していますね。似たような機能を果たす部品は共通化しておき、新しい製品を設計する際には既存の部品を使い回すことで設計や生産に関わる時間を短縮し、部品点数を減らして生産効率を向上させる取り組みです。部品のモジュール化を進めると、多くの仕様違いの製品を、最小の部品点数から生産できます。製品設計では馴染みのあるこの手法を、テクニカルドキュメントの作成に転用して大きな効果を得よう、というのが原稿のモジュール化の目指すところで、DITA や S1000D といった標準規格が定められ、現在では多くの企業で利用されています。

「原稿のモジュール化」を進めると、テクニカルドキュメントは一冊を通じて執筆するのではなく、章や段落ごとに分割された記述ブロックを組みわせて作成できるようになります。生産工程でモジュール化部品を組み立てるのと同様に、執筆工程ではモジュール化された記述を組み立てることでドキュメントを織り上げていくのですね。

記述をモジュール化する手法はかなり効率的で、場合によっては新規のテクニカルドキュメントの執筆量を 8 割から 9 割減らせることもあります。ただ、課題がないわけではありません。記述をモジュール化するということは、細切れになった文章の断片が大量に存在するということです。これまでは「一冊」としてまとまっていたファイルが、数十から数百のファイルに分割されます。これらの細切れのファイルを適切に保存し、バージョンを管理し、どのテクニカルドキュメントがどのファイルの集合体であるのか、そういった情報も管理する必要が出てきます。

こうしたファイル本体や、ドキュメントごとの「ファイルの組み合わせ情報」を管理するために、「コンテンツ管理サーバー」や「コンテンツ管理システム」、通称 CMS を導入します。CMS はいろいろなベンダーからさまざまな製品が売られていますが、PTC も生産工程向けには Windchill MPM Link、アフターサービス向けには Windchill Service Information Manager (Windchill SIM) という製品を提供しています。

Windchill SIM の利点は、設計部門が持っている CAD や BOM のデータを、テクニカルドキュメントの作成に最大限利用できることです。多くのお客様から「設計部隊が保持している資産を、生産やアフターサービスの領域でも利活用したい」という要望をいただきますが、そうした利用目的にジャストフィットするのが、Windchill SIM です。Windchill SIM や Windchill MPM Link がどういった仕組みで、どんなふうに課題を解決するのかご興味のある方は、是非弊社営業かコンタクトセンターへご相談ください。

原稿のモジュール化は今後も広く利用されながら発展していく領域であろうと思います。一方で、テクニカルドキュメントは違ったベクトルの進化を始めています。紙やPDFといった二次元情報を基本とした従来的な組み立て手順やサービス手順ではなく、三次元 CAD のデータを活用して三次元(に見える)テクニカルドキュメントを作ろう、という試みです。拡張現実 (AR) や仮想現実 (VR) 機能と結合した、「 XRテクニカルコンテンツ」ですね。こうした新世代の XR テクニカルコンテンツには、従来のテクニカルドキュメントにはない機構・機能を持たせることができます。たとえば…

  • IoT データと連動させる。締め付けトルクの指定値は何キログラムで、現在何キログラムまで締めているか、などをリアルタイムで確認できる。
  • CAD データをもとにしたアニメーションで手順を見せる。ネジ締めの順番などを「文字で読ませる」のではなく「動きの中で見せる」ことで、より深い理解を得る。
  • コンテクストに応じた情報を提供する。安全上の注意などを、作業の進捗に応じて必要なタイミングでインタラクティブに表示することで、作業安全を向上させる。
  • 作業履歴を取得する。ステップ・バイ・ステップのコンテンツを読み進めていく時間を計測して作業時間の揺れを検知したり、作業の過程で利用者に入力させたりすることで、作業にまつわる様々な情報を得る。

XR テクニカルコンテンツはその性格上、動的でインタラクティブなものとなります。「動的」とは、あらかじめ執筆された情報だけではなく、その時・その場に応じた情報を都度表示できる能力を持つことをいい、「インタラクティブ」とは執筆側から読者側への一方向の情報提供ではなく、利用者側からの情報入力をも可能にすることをいいます。こうした機能をもつ XR テクニカルコンテンツを利用することで、従来的な手法では実現できなかった作業品質と作業時間の平準化や作業安全の向上を見込めます。

PTC では XR テクニカルコンテンツを作成するためのソリューションをさまざまに取り揃えています。こうしたソリューションは今後もこのブログで取り上げて行きますが、ご興味のある方はこちらもぜひ、PTC の営業かコンタクトセンターまでお気軽にお問い合わせください。

近い将来、子供たちがガンプラを買った時。スマートグラスを装着してガンプラのパッケージを見ると、組み立て手順が AR のコンテンツとして目の前に浮かび上がり、完成後は AR デカールをさまざまに着せ替え、内部機構を AR 的に覗き見て楽しむ。そんな世界がまもなくやってくるかもしれませんね。
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執筆者について

山田 篤伸

製品技術事業部
プラットフォーム技術本部
本部長 執行役員

2012年、PTCジャパンに入社。サービスライフサイクル管理(SLM)ソリューションの日本での事業開発担当として、自動車、重工業、ハイテク業界を中心に、製造業のサービス事業化(Servitization)を推進するための啓蒙活動やアセスメントなどを幅広く手がける。
2016年以降、ThingWorx や Vuforia などのPTC が買収した IoT / AR 製品群を用いたソリューション事業の新規展開を担当。

進化するテクニカルドキュメント
「分解取り付け手順書」や「調整手順書」、「サービスマニュアル」などのテクニカルドキュメントはモノづくりの現場で数多く使用されています。それらは長い間、紙や電子文書として作成され参照されてきましたが、現在では作成方法も参照方法も大きく変わりつつあります。その現状をご紹介します。