ガーデニングと技術の転換点

執筆者: 山田 篤伸
  • 9/3/2021
  • 読み込み時間 : 7min
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山梨県の清里高原に萌木の村という施設があります。美味しいカレーや屋外で上演するフィールドバレエとともに、その庭の広さと美しさで有名です。山梨や長野には、その冷涼な気候を活かした素敵な庭がいくつもありますね。筆者が住んでいる南関東は「暖地」と呼ばれる地域です。暖地では梅雨の湿度と夏の蒸し暑さのため、ラベンダーなどの欧州を原産とする素敵な植物の多くは夏を越せません。山梨や長野は標高が高く関東平野ほど夏の気温が上がらないため、低緯度ながらも植物たちにとって夏越しが易しいのでしょう。そうした「ガーデンニングに向いている」と思われる地域にあって、萌木の村は 30,000 平方メートルもの敷地にランドスケープ・デザイナーのポール・スミザー氏が設計・植栽したことで注目を集めています。筆者も狭いながらも自宅の庭でガーデンニングを楽しんでいますが、萌木の村のような著名なガーデナーが手がけた庭を眺めるのは非常に勉強になります。

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土を掘ったり虫と戯れたり自然と触れ合うガーデンニングですが、実際にはかなり技術や知識を必要とします。園芸の世界では「水やり三年」という言葉があります。植物ごとに水を必要とするタイミングや量が異なるため、三年くらい水やりをしながらその植物に向き合わないと上手に育てられない、という戒めですね。私のような園芸の初心者がよくやるのは、水をやりすぎることです。水をじゃぶじゃぶと与え続けると、植物は根から呼吸できなくなり「根腐れ」を起こして枯れてしまいます。枯らさないように水をやった結果、水のやりすぎで枯れてしまうのですから難しいものです。

肥料をやること(施肥といいます)にも技術があります。根を育てるならカリウムを、葉を育てるなら窒素を、花をたくさん咲かせたいならリン酸を多く含む肥料を与えます。化成肥料にはそれぞれの濃度が N-P-K = 6-10-5 といったふうに成分が表示されています。なんだか科学の実験みたいですね。花を咲かせたいのに窒素分の多い肥料を与えてしまって葉ばかりがもじゃもじゃと茂ってしまった、というのは、これもよくある失敗です。バラのように病害虫に弱い植物では、定期的な農薬の散布も欠かせません。病気を引き起こすウィルスや食害する虫などは、それぞれに効果の高い農薬が開発されています。こうして、園芸の作業は植っている植物ごとの年間のスケジュールを組み、肥料と農薬を適切に与えながら、乾かしすぎないように、かといって湿らせすぎないように水をやって植物を育てる、という作業になります。それ以外にも雑草取りや花がら摘み、夏の蒸れ対策の下葉取りや切り戻し、ボリュームを増やすための摘心・摘花...。一見のどかな庭に見えて、その裏にはガーデナーの技術・知識に基づく絶え間ない作業があるのですね。

さて冒頭に紹介した萌木の村の素敵な植栽ですが、無農薬・無肥料だそうです。実は、ポール・スミザー氏が「まったく肥料も農薬も使わないで」この植栽を長年にわたって維持していることが、この庭が注目されている理由の一つでもあります。肥料や農薬の知識や技術というのは、長い間のさまざまな研究の成果を積み上げた結果として現在の私たちが享受している「技術」です。その技術の一切を使用せず、原初に立ち戻るようなやりかたで萌木の村の広大な庭は維持されています。いったいこんなことが可能なのでしょうか?萌木の村は小規模な花壇ではなく、先ほども述べたように 30,000 平方メートルを超える敷地を有しているのです。無肥料・無農薬では、それこそ草花や樹木は痩せ衰え、雑草がはびこり、荒廃してしまうのではないでしょうか?

以前萌木の村を訪れたときに、たまたまポール・スミザー氏ご本人と立ち話をさせていただく機会がありました。その会話での彼からの最初の質問は、「いつから化成肥料を使っていますか?」というものでした。私の庭で、という意味ではなく、人類が、という文脈で。植物は何億年も前からそこにそのように生きています。それこそ人類が登場するずっと前から。植物には本来、化成肥料も農薬も必要ありません。風と土と日光と虫と鳥。それが植物が育つのに必要なものの全て。ここ100年ほどで人間が「開発した」化成肥料や農薬は自然のバランスを壊すことはあれども、植物や植生に良い影響を与えることはない、というのがポール氏が私に話してくれた内容でした。もしも肥料や農薬を人間が与えなければ育たないのだとしたら、それはそもそもその環境がその植物に合っていないのだ、と。庭を調える人間のやることは、環境をよく観察し、その環境に合った植物を植えてやることです。

そのほかにもポール氏はさまざまな新しい「技術」を私に話してくれました。たとえば、庭の土はできるだけ掘り返しません。土の表層にはバクテリアや微生物がネット状に生活圏を張り巡らせています。土を掘り返すと、その微生物の生態系が破壊され、植物の生育環境の土台を損ないます。化成肥料や農薬はこうした微生物の生態系に無視できない影響をもたらすため与えません。また、植物によっては土ではなく石であっても根付いて育ちます。石を分解するバクテリアの存在が近年の研究でわかってきたそうで、こうしたバクテリアは石を分解して植物に必要なミネラル分を作り出し、植物はミネラルを受け取ってバクテリアが必要とする有機質を提供する。そうした相互作用が認められるのだそうです。こうした植生を再現するのであれば肥料を混ぜ込むなどの土作りすら不要です。

以前は、「植物を植える前によく土を耕し、油かすや牛ふん堆肥と農薬を混ぜ込んでおきましょう。定期的に固形肥料や液体肥料を与えることで植物を活き活きと育てましょう」というのが園芸「技術」だったのです。しかし現在では、萌木の村のように、これまでとは全く反対のやりかたも確かな技術として定着しています。どちらが正解、ということではないと筆者は思います。目的に合致していればどちらのやりかたも正しいです。たとえば本来その環境で育たない植物をどうしても育てたいときや、その土地と植物が持っている力を超えた収穫をあげなければならない-産業としての農業ですね-ような場合は、農薬や肥料を適切に使うことが合理的でしょう。そうではなく、自宅の庭に自然を美しいかたちで切り取り再現したいというのであれば、ポール・スミザー氏が萌木の村で実証しているやりかたが説得力を持ちます。

萌木の村では実に活き活きと植物が育っています。フジバカマ、オミナエシ、ギボウシ、ツボサンゴ、スミレ、フウロソウ、ススキなど、日本の原風景にあった植物たちが健康な状態で茂っています。驚くべきは、病害虫に弱い・育てるのが難しいといわれているバラでさえも、ここでは無肥料・無農薬で美しい花を咲き誇らせています。さらにポール氏は、「萌木の村は広いので、いちいち水やりできない」とおっしゃっていました。そうです。自然降雨に任せているんですね。

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園芸に限らず、技術というものはときおり、これまでとは全く別のベクトルへ進化していくことがあります。技術そのものの進化と社会環境の変化によって、目的を達するための技術の「適切さ」が変化していきます。私もソフトウェア・エンジニアの端くれですから、技術を若い世代に継承するために普段から腐心しています。伝えようとしている技術が現在でも「目的にとって最適なのか」を、慎重に振り返らなければならないなと、そんなふうに萌木の村の植物たちをみていると思います。エンジニアであれば「これまでは自分たちはこうした方法で業務を最適化してきた、これからも君たちはその方法を堅固して欲しい」というような思いを抱きがちですが、もしかしたら新しい技術・新しい知識で全く別のやりかたがあるのかもしれません。現在の環境でなにが適切な適用技術なのかを見極めるために、常に新しい技術や知識へとアンテナを貼っておくことが、ますます重要となりそうですね。

ポール・スミザー氏の言葉として「その環境にあった植物を植えてやること」を紹介しました。もう一人、ガーデニング会の巨匠であるベス・チャトー氏の言葉を取り上げて本稿の締めくくりとしましょう。ベス・チャトー氏の業績については詳しくは取り上げません。非常に有名な方なので、興味のある方はウェブで検索するとたくさんの情報が得られると思います。数年前に NHK でも特集がありました。ベス・チャトー氏は、広大な敷地に砂利と植物だけで庭を作り上げたかたですが、彼女が作り上げた庭は、そもそも砂礫質で植物が育つには十分な栄養が保持できないとされている場所でした。そんな場所であっても世界でも有名な庭を作り上げた彼女は、その著作の中でこう言っています。"Right place, right plants"。これも、「その環境にあった植物を」ということですね。この言葉を受けて、わたしたちエンジニアはこう言い換えましょう。"Right place, right technology"

萌木の村 https://www.moeginomura.co.jp
ベス・チャトー ベス・チャトー奇跡の庭―英国・グラベルガーデンの四季便り 清流出版 2010年 ISBN: 4860293398


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執筆者について

山田 篤伸

製品技術事業部
プラットフォーム技術本部
本部長 執行役員

2012年、PTCジャパンに入社。サービスライフサイクル管理(SLM)ソリューションの日本での事業開発担当として、自動車、重工業、ハイテク業界を中心に、製造業のサービス事業化(Servitization)を推進するための啓蒙活動やアセスメントなどを幅広く手がける。
2016年以降、ThingWorx や Vuforia などのPTC が買収した IoT / AR 製品群を用いたソリューション事業の新規展開を担当。