ニューノーマルな働き方とデジタルトランスフォーメーション

執筆者: 後藤 智
  • 6/26/2020
  • 読み込み時間 : 5 min
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1.はじめに

新型コロナウイルスの感染拡大によって、私たちの生活や仕事は大きく様変わりしました。しかし、今回の非常事態は、私たちに大いなる教訓や示唆を与えてくれています。デジタルトランスフォーメーション (DX) についても、新たなロードマップを描く必要も出てきました。本稿では、今年度の PTC プライベートカンファレンス LiveWorx20 において、 PTC CEO であるジム・ヘプルマン氏の講演内容を参考に、製造業がニューノーマルの時代に備えておくべき設計製造分野の DX 戦略について考察します。

2.設計者の在宅勤務とクラウド環境

いま、コロナ禍で多くの従業員が在宅勤務に移行しました。しかし、企業の情報システム基盤は必ずしも十分に準備されていませんでした。IT 部門は短期的な改善策に加え、テレワーク社員のための長期的な IT 戦略が求められています。例えば、CRM や ERP などの基幹業務システムで既に主流となっている SaaS ツールを利用することで、テレワーク社員でもほとんど問題なく在宅勤務ができるようになっています。IDC によれば、2022 年までに、製造業の 70 % が業界を超えた顧客との共同開発にも、クラウドベースの情報基盤やソフトウェアを利用すると予測しています。しかし、現在 CAD ソフトのほとんどがオンプレミスのままです。企業は、コロナ禍でも設計業務を止めない対策が急務となっています。例えば、インドの倉庫用搬送ロボットメーカーの GreyOrange 社では、製品開発プロセスにクラウド型の PLM システムを利用することで、設計者が製品データにリモートでアクセスし、在宅でもデザインレビューや出図作業を円滑に進めています。スイスの自動車部品サプライヤーの Garrett Motion 社のケースでは、設計者といえばオフィスの大部屋で仕事をするものでした。しかし、コロナ禍で事業所が閉鎖されたことで、設計体制が一気に社外に分散してしまう事態となりました。その対策として、SaaS 型の CAD ソフトを活用することで、処理速度低下のストレスなく、スマホでも PC でも CAD データの作成や編集がストレスなく操作できるようになり、在宅勤務であっても大部屋感覚で設計業務をしています。

3.安全な設計製造連携と柔軟なサプライチェーン

現在、社会や企業のサプライチェーンは非常に複雑です。例えば、自動車産業全体で、約 125 万社とのサプライヤーネットワークを形成しています。そして、企業間の電子データ交換となれば、各社が同じバージョンのソフトをインストールし、すべてのユーザが相互に問題なく運用できる状態を維持しなければなりません。ところが、コロナ禍ではこの企業間の相互連携の維持が大きな課題となっています。例えば、中米エルサルバドルにあるフランシスコ・ガビディア大学では、複数の企業と協力して、わずか数日で COVID-19 対応の人工呼吸器の製造に成功しています。SaaS 型の製品設計ツールを使用し、大学と企業間で相互かつ迅速に設計作業をリモートで繰り返しながら、最終的には 3D プリンタを使用した人工呼吸器を市場に投入しました。すべてがリモートで完結した非常に柔軟なサプライチェーンといえます。また、米国のロックウェル・オートメーション社のケースでは、設備や機械を顧客の工場に納入する前に、仮想現実 (VR) の世界で事前に設計検証することで、従来であれば顧客側の FA エンジニアが実施していた工場の試運転や据付け検証にかかる時間を 50 % 短縮し、作業員の訓練時間も最大 75 % 短縮させました。

4.現場の工場作業員を遠隔から支援する AR 技術

今や Web 会議ソフトを使えば、デスクワーカーは平時と変わらずに遠隔地の相手と共同作業ができるようになりました。しかし、世界の労働力の約 75 % は最前線で仕事をしている労働者や従業員です。彼らは物理的な環境で仕事をしているため、デスクワーカーのように在宅勤務というわけにはいきません。また、休日や土日に計画的に工場内の営繕工事やメンテナンス作業を行う場合、必ずしもエキスパート社員が現場に行って直接指導ができない場合もあります。例えば、トヨタ自動車とその協力会社では、拡張現実 (AR) のリモートアシスタンス機能を活用し、対面での監督作業の必要性を減らし、工場のダウンタイムコストを最小限に抑えつつ、従業員の安全性とセキュリティ問題を改善させました。また、イギリスのスミスメディカル社のケースでは、英国政府主導の VentilatorChallengeUK コンソーシアムに参加し、COVID-19 危機の最中に 1 万台の人工呼吸器を生産しました。同社では AR を使用して、人工呼吸器の組立手順や生産工程を段階的にビデオ録画し、そのナレッジを医療機器の製造に不慣れであった航空宇宙自動車サプライヤーの GKN 社の 1,000 人の生産スタッフに、デジタルコンテンツとして提供しました。医療機器とは畑違いの GKN 社でも、スムーズに人工呼吸器を生産させることができ、迅速な人命救助に貢献しました。

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5.製品や工場の状況をリモートでモニタリングする

設備や機械のダウンタイムにかかるコストは 1 時間あたり数千ドルにもなるといいます。しかし、コロナ禍では、従業員の 3 密規制の影響で、設備や機器への物理的な状況把握ができなくなってしまいました。しかし、医療機器メーカーの Elekta 社では、かねてより医療機器のリモートモニタリングと産業用 IoT 技術を組み合わせ、ダウンタイムを劇的に減らすことを実現しています。同社のサービス技術者が物理的に現地を訪問せずに、問題の約 50 % をリモートで解決することが可能となりました。また、スウェーデンのエアバッグやシートベルト製造の Autoliv 社のケースでは、産業用 IoT とビッグデータ解析を活用し、紙ベースの資料やベテランの勘と経験に頼らずに、データ解析型で作業員の投入計画を実践しながら、工場を常にリモートモニタリングしています。

6.おわりに

以上、製造業がニューノーマル時代に備えておくべき設計製造分野の DX 戦略について考察しました。本稿で紹介した企業では、不確実で困難な時代であっても業務を止めず、ビジネスを前に進める努力を怠っていませんでした。このようなコロナ禍ではありますが、むしろこのタイミングだからこそ、何がうまくいって何がうまくいかなかったのかを見極め、デジタル・テクノロジーを積極的に活用する好機であると考えます。
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執筆者について

後藤 智

ビジネスディベロップメント

ディレクターフェロー

経営学修士(MBA)

デジタルトランスフォーメーション(DX)に関するエグゼクティブアドバイザ。PTCジャパン(株)ディレクター フェロー。早稲田大学IPS・北九州コンソーシアム 理事。ボンド大学ビジネススクールにてMBA取得。日本経営工学会より「IoT時代のPLMシステムに求める技術要件とそのビジネス価値に関する考察と提言」で2016年度の経営システム賞を受賞。

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