イマドキ工場 DX の "Why" と "How"

執筆者: 山田 篤伸
  • 10/16/2020
  • 読み込み時間 : 7min
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15 年ほど前のことです。私が勤めていた会社の CEO は、厳しくなる競争に打ち勝つために積極的に企業を買収しようとしていました。買収には当然のことながらたくさんの現金が必要になります。その会社は世界中に支店を置いて手広く商売しており、現金は潤沢なはずでした。ある日、彼はとても魅力的な、けれどもかなり金額の張る会社を見つけて買収しようとします。しかしそこで問題に直面しました。その会社を買うには世界中の支店から現金を集めれば足りるはずだと目算はついているものの、実際にいくらの現金があるのか誰も知りません。本社の会計担当は言います。「各国に独自の会計基準があるため、それぞれの国の支店が個別に会計システムを持っています。あの会社を買うのに現金が足りるかどうかを知るためには、すべての支店に現在保有している現金を報告させねばなりません」。

すべての支店から報告が上がるのに数週間を要しました。そして、それぞれの支店が報告してきた数字が本当に正しいのかどうか、誰にもわかりませんでした。

そこで彼は決断します。「世界中の支店の会計処理を本社の会計システムだけで実施するように。現在のソフトウェアに必要な改修を施し、ハードウェアを増強して 24 時間稼働できるようにし、会社の財務状態をリアルタイムで可視化しろ」。

後に始まる、ERP の「シングルインスタンス」ブームの曙光でした。

閑話休題

PTC ジャパンの事例ページが刷新して ThingWorx 事例の掲載が増えました。すでにご覧いただいたでしょうか?
ここ数年、北米・西欧を中心に、IoT プラットフォームを採用して工場を可視化する事例が増えてきています。いまさらなぜ?と思われるかたも多いでしょう。本稿では近年の工場可視化の取り組みに共通してみられる特徴をご紹介します。


海外事例に見る工場 DX の目的

「工場の操業状態を可視化するのは手段であって目的はその先にある」というのはこれまでも幾度となく言われてきていますね。可視化の目的は企業ごとにさまざまですが、最近では工場「ごと」の可視化ではなく「横並びの」可視化を通して、操業能力の向上を目指す取り組みが増えてきています。

生産設備や工程などは工場ごとに異なることが多いため、ぞれぞれに適した可視化の仕組みをつくったほうが現場の要件を汲み取りやすそうです。ところが、工場ごとに可視化の仕組みを個別に作ると、全体を通して企業の生産がどうなっているかをリアルタイムに把握できません。たとえば総合設備効率を横並びで比べてみようと思っても、都度、工場側から数字を入手しなければなりません。手間と時間がかかりますし、なによりも別々の仕組みで取得・計算された結果をそのまま横並びで並べて良いものか、判断の難しいところです。

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企業を買収したときなどはさらに事情は複雑になります。生産の文化が違うため、ある指標 (KPI) を必要としても、そもそも買収された企業側ではそうした情報を見られるようになっていないこともあります。

すべての工場での生産状態を経営層がリアルタイムで正確に把握するためには、工場ごとの違いを吸収して統一的な手法で計算された各種指標にアクセスできなければなりません。そうした理由から工場「横並びの」可視化の取り組みがスタートするようです。

地震や洪水・山火事などの自然災害や新型コロナウィルスによる社会活動の変容、そして国際政治情勢の流転などにより企業の経済活動はこれまで以上に即時の経営判断と軌道修正を必要とします。世界中の工場の操業状態に加え、財務状態や販売状況などをリアルタイムで手元に置くことで、経営陣の判断に資することができるのですね。そのためには ERP だけではなく、工場の可視化の仕組みも対しても「個別ではなく全体・バッチではなくリアルタイム」での取り組みが求められるようになってきています。

横並びでの工場の可視化を推進すると、生産の現場にも良いことがあります。単体の工場で見た場合、生産の効率と品質を改善するための取り組みはすでに「やり切った」と感じられることが多いのではないでしょうか。ところが、工場全体ではなくラインごと、あるいはワークセルやシフトごとに可動率・性能・品質といった指標を他の工場と比べると、細かい部分で工場間での成績の優劣が現れることがあります。「うちのラインではこれが限界だと思ったけれども、あっちの工場はこの工程に限りもうちょっとだけ数値がいい。だったら、あっちの工場のやりかたを調べてみるか」といった気づきを、リアルタイムで得られることのメリットは決して小さくはありません。


あまり語られない工場 DX の方法論

これまで見てきたように工場の可視化は個別最適ではなく全体に向かう流れにあります。そうすると、当然のことながら個別の工場に展開する仕組みを共通化したくなります。生産工程の差異をうまく埋めながら、可視化データ自体は共通のものにする必要があります。そうした要求を踏まえて、現在では IoT プラットフォームを可視化の基盤に採用する企業が増えています。

可視化の基盤になる IoT プラットフォームは、下記の機能・性能を備えている必要があります。

  • オープンな規格を採用していること
  • 工場の生産設備だけではなく、ERP や MES と連携しやすい機能を備えること
  • 開発が特殊な言語ではなく、開発者の多い一般的かつ習得しやすい言語で行えること
  • 包括的な機能を備えていて、作り込みがなるべく少なくすむもの
  • 設備からのデータ収集だけではなく、必要であれば設備にデータを書き込めるもの
  • クラウドでもオンプレミスでも利用できるもの

これらの機能要件は、実際に弊社のお客様が IoT プラットフォームを選定するにあたって重要視されている項目ですね。最後に挙げた「クラウドでもオンプレミスでも」というのは北米企業に特徴的です。サーバーやストレージといったハードウェアへの直接投資はなるべく避ける傾向が強いように思います。ハードウェアの維持運用コストを圧縮するため、クラウドで利用できるものは積極的にクラウド上に押し出しているようですね。

日本では工場可視化のしくみをスクラッチ(手組み)で構築されるお客様がまだまだ多いように思います。代表的な手法は、装置からデータを吸い上げてデータベースに格納する仕組みをつくり、ビジネス・インテリジェンス (BI) ツールでアクセスする方法でしょうか。一方、北米や西欧の製造業では IoT プラットフォームの採用が加速しています。なぜ、海外企業は IoT プラットフォームを採用するのでしょうか。

その理由の一つは、「時間の圧縮」にあります。生産設備のデータを収集する仕組みの構築には手間と時間がかかります。そして、BI ツールで有用な解析をするには、生産データのみならず MES や ERP の情報をデータベースに集めておかなければなりません。生産装置の数が少ない場合はそれでもいいのですが、ラインが巨大になって装置の数が増えたり、企業全体で工場の数が増えたりすると、この「機器の繋ぎ込み・システムの繋ぎ込み」の手間が無視できなくなってきます。

「可視化は手段であって目的ではない」と前に述べたように、企業の目的はあくまでも可視化したデータを使って何かを成すことですから、この「繋ぎ込み」の時間が惜しいのですね。そこで、手組みでシステムを構築するのではなく、IoT プラットフォームを導入してデータの繋ぎ込みから可視化までを一気に実装してしまうのです。弊社の日本のお客様で、ThingWorx と Kepware を採用したことで、これまでは2週間ほどかかっていた装置のつなぎ込みが1日で終わるようになった事例も出てきています。

本来の目的に素早く取り掛かるために、その準備時間を圧縮する。そのために IoT プラットフォームに投資をしているのですから、これはつまり「時間を買っている」とうことですね。

実は、企業が買っている時間には二種類あります。ひとつは今まで述べた、システム構築に必要となる「現在の時間」です。そしてもうひとつは「未来の時間」です。

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工場可視化の仕組みは、一度システム実装してしまえばそれで終わり、ではありません。製品のライフサイクルが短縮化し、多様化し、そして経済状況や国際情勢が目まぐるしく変化する中、生産の現場も激しく変化し続ける能力がこれからの製造業には求められます。そのために必要な資質は数多くありますが、可視化の仕組みに関して言えば「変化対応力」がなにより重要です。ラインや手順の変更に伴って可視化の仕組みを改修するのに時間がかかるようでは意味がありません。可視化の仕組みを現場の変化にタイムリーに追随させることに巨額の外部費用がかかるようでは、いつか息切れしてしまいます。柔軟な変化対応力を確保するために、データの取得から可視化までを一息に行える IoT プラットフォームを採用する企業が増えています。やがて必ず来る(それも頻繁に)システム改修に向けての投資ですから、「未来の時間」を買っているのですね。


今、切り捨てるべき努力

コンピュータシステムを層別に見た場合、北米・西欧の製造業の多くでは、投資を上層部に集中する傾向にあります。クラウドを利用することでサーバーやストレージといったハードウェアに対する直接投資を減らしつつピーク性能や容量に対する柔軟性を確保します。オペレーティングシステムはほぼウィンドウズか Linux を、データベースは無償の PostgreSQL や MySQL か、製品であればマイクロソフトかオラクルのものを利用します。これらの基本ソフトやミドルウェアもやはりクラウドのサービスを利用することでアップグレードや運用管理にまつわる悩みから解放されます。

これまでは可視化の仕組みは多くの企業が手組みで構築していましたが、これも IoT プラットフォームを採用することで、時間と費用の圧縮を同時に達成します。また、IoT プラットフォームをクラウド上で SaaS 形態で利用することで、ハードウェアや基本ソフト・ミドルウェアなどの選択自体も不要になりました。現在では、こうしたシステムの下層・中層の部分を意識することなく IoT プラットフォームを利用できます。

こうしてシステムの下層から上層に向かって順番に「企業として保有したり維持管理したりすることを切り捨てた」結果、企業は「可視化したデータを用いてどんな業務改善を実現するのか」により集中できるようになりました。

仕組みの構築に頭脳と労力と時間とお金を費やすのではなく、そうしたリソースを業務改善に集中的に投資する。IoT プラットフォームを採用する理由は、その一言に尽きるのかもしれません。


参考

PTC ではアクショナブル IoT に関する Web キャストを提供しています。
こちらからご視聴ください。
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執筆者について

山田 篤伸

製品技術事業部
プラットフォーム技術本部
本部長 執行役員

2012年、PTCジャパンに入社。サービスライフサイクル管理(SLM)ソリューションの日本での事業開発担当として、自動車、重工業、ハイテク業界を中心に、製造業のサービス事業化(Servitization)を推進するための啓蒙活動やアセスメントなどを幅広く手がける。
2016年以降、ThingWorx や Vuforia などのPTC が買収した IoT / AR 製品群を用いたソリューション事業の新規展開を担当。